雷門で始まった練習試合は圧倒的に帝国有利のまま試合が運んでいく。
雷門メンバーは最初こそそれなりのサッカーをしていたが、
源田がボールを止めてからはボールを取るどころか、容赦ない攻撃にどんどん傷が増えていく。
もうほとんど、雷門にはまともに動ける人が居ない。
サッカーの技術もそうだが、根本的に鍛え方もまるで違うようだ。
こんな時に思うのもなんだが、普段のみんなが私に対して手加減をしている事を知る。
ジャッジスルーとかいうえげつない技を決めている佐久間を見てそう思う。
何でも力尽くでどうにかする奴らじゃない事は日頃から分かっているが、喧嘩に発展した場合、あんなの食らったら私なんて一撃で再起不能だ。
いや、部活である以上暴力沙汰に出来ないのは当たり前なのだが。
ふうっと、息を吐き、フィールドを駆ける鬼道さんを見る。
華麗なボール捌きに、カッチリとハマるような的確な指示。
キャプテンであり、司令塔であるその役割を完璧にこなしている。
鬼道さんがサッカーをしているところは、実は、初めて見た。
休憩時間に佐久間たちがボールを蹴っているところは見た事はあったが、部活が忙しくない限り校内では鬼道さんは私と過ごしていたし、
部活が忙しい時やミーティングの時は私が席を外した。
今思えば、リフティングをしているところすら見た事がなかった。
入学早々、運動に関する弱音を吐いたのは鬼道さんだけだ。
私を気遣って、意図してそう言う姿は見せていなかったのかもしれない。
そう言った事に気が回るほどに、私は、不思議と落ち着いていた。
落ち着いたというより、圧倒的過ぎる力を見せ付けられて、絶望が確信に変わった時点で祈る事を諦めてしまった。
諦めてしまえば、後は開き直るしかない。
いっぱいいっぱいお願いして、どうにか取り壊しを防ぐしかない。
私が出て行っても変わらないのだろうが、雷門から帝国へ、上の人たち直々に転校させられている身だ。
校舎を取り壊して関係があからさまに悪化するのは避けたいだろう。
たとえ、向こうにとって私がどうでもいい存在であったとしても。
そのせいで鬼道さんに私の正体がばれてしまっても。
「どうするんですか!このまま負けたら校舎が・・・!」
この学校の校長だろう人が焦った様にそう叫ぶ。
私はここに来る事がほとんどないし、来ても夏美とお父様にしか会わないから面識がない。
夏美は私を一回チラリと見て、安心させるように校長に向き直る。
「大丈夫です。その時は私が話をつけてきます」
「・・・私も念のため付き添うよ。一応向こうの校長推薦で入学したから、あからさまに無視はできないと思う」
「・・・そう、ありがとう」
「ううん、でも夏美らしくないよね。こんなやり方しなくてもサッカー部は何とかなるでしょ? 帝国と試合なんて、リスクが高すぎるよ」
夏美は私の問いかけに目を細めて、グランドのある方の窓から外を見た。
「これが最後なのよ。最後に強いところと試合をさせてやるのが、せめてもの優しさというものよ」
「ふーん・・・」
私はそうは、思えないけど。
おそらく、雷門の人たちはサッカーがしたいからサッカー部に入ったのだろう。
鬼道さんのプレイは、強烈な、人を引き付ける魅力があると思う。
全く揺るがない指示も、攻撃させる隙すら作らせないフォーメーションも、人を吹き飛ばしてしまうほどのシュート力も、
すべてが帝国のサッカーなのだろう。
それが40年間無敗のサッカー部なのだろう。
試合ができる事も、すごい事なのだろうが、帝国のサッカーはレベルが違う上に攻撃的過ぎる。
鬼道さんと、怪我が治ったらサッカーをする約束をした。
でも、私の約束したサッカーは、こんなサッカーじゃない。
雷門の人たちだって、こんなサッカーをするために、サッカー部に入ったわけじゃないと思う。
ねえ、だってそうじゃないですか。
鬼道さん、サッカーは、楽しいもの、なんですよね?
『ゴーーーーーール!!!』
19点目のゴールが決まった時、私は自分の手が白くなるくらい力強く握っていた事にようやく気が付いた。
力なくGKが倒れた瞬間、これ以上見ていられなくて私は目を背けた。
もう、勝ち負けとか、こだわっている場合じゃない。
彼らにとって部活の存続が掛かっているのだからとても大事な試合なのだろう。
だが、これ以上続けたところでこの点差は絶望的だ。
この時点になっても容赦のない帝国の攻撃。
今は立ちあがれても、これ以上続けて故障でもしたら、それこそ本当に何もできなくなってしまう。
帝国からの、耳を塞ぎたくなるような嘲笑ともいえる笑い声が聞こえてきたところで、私の我慢は限界を超えた。
「・・・夏美、これ以上は、」
だけど、
「まだ・・・、終わってねーぞ・・・!」
絞り出すような湧き上がる声に、耳を疑った。
顔を揚げた私の視界には、ボロボロになってもなお、強い光を目に宿した雷門GKの姿が映った。
自分の息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。
倒れても倒れても立ち上がるその姿に、私は心の底を揺さぶられる何かを感じた。
私はいつだって、都合の悪いことから逃げてばかりだったから、心が、痛い。
止める事も忘れてその姿に見入っていると、もう一人雷門の10番のユニホームを着た選手がグラウンドへと入ってきた。
そこからはあっという間だった。
雷門GKが必殺技でシュートを止めたかと思うと、雷門10番が炎をまといながら放ったシュートが炸裂し、
源田が必殺技を出す前にシュートを決めてしまった。
帝国はその選手のデータが知りたかっただけなのか、シュートが入った後、あっさりと試合放棄で雷門から去って行った。
「夏美、勝っちゃったよ。試合放棄だったけど」
「・・・そうね、でもこれは勝ちと言えるのかしら、20点も取られているのよ?」
どこか納得しない夏美は、眉間にしわを寄せてオペラグラスでスコアボードを眺めている。
このままでは、こんな勝ちは認められないとか言いだしそうだと思った私は咄嗟に口を開いた。
「夏美、私あんなに何度も立ち上がるGK初めて見たよ。しかも、帝国のシュートを受けてだよ?」
「・・・?」
「人数が足りない、練習場所がない中でこれだけできるなら、環境さえよければもっと伸びると思うんだけど」
「・・・・」
「ね?」
「ああ、もう分かったわよ」
私の意見にため息をつきながら夏美は髪をかき上げた。
「・・・環境は、少しくらい整えてあげるわ。ただ、今回の事がまぐれかどうか、改めて試させて貰うわ」
それくらい、いいでしょう?
そう目が語りかけてきた気がしたので、黙って首を縦に振った。
ここまで来て、なぜ自分が彼らを庇ったのか、よく分からなかった。
漠然とただ、そうした方がいいと思った。
久しぶりにサッカーの試合を見たからだろうか。
私にとっては、結構衝撃的な事続きだったのだが、不思議と最初に感じていた後悔はない。
不思議と言えば、私は帝国生だし、序盤で応援する事を止めてしまったが、彼らの勝ちは素直に喜べた。
こんなにも、スポーツに対して嫉妬心剥き出しのこの私が、何の劣等感も感じずに勝利を喜んでいる。
「すごいなあ、あのGK・・・」
お祭りみたいに全身で喜びを表す彼らを見ていると、そう言うのがどうでもよくなる。
私のしたかった、サッカーは、
「名前、なんて言うんだろう」
ここにあるのかもしれない。
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101205
時には都合の悪いことから逃げるくらいあると思うんですけどね。