唐突に聞かされた練習試合の話をよく飲み込めないまま、あっという間に夜がやってきた。

夕食の時間になったが当然食欲なんてあるはずなく、途中間食してしまったから、という適当な嘘をついて早々に自室に戻った。

・・・次の日には、帝国が雷門に来てしまう。

どうしたらいいのか、どうすべきなのか、考えたところで答えが出るわけではないのだがその事ばかりが頭を巡る。

先に聞いたところでどうする事も出来ないだろうが、夏美もこんな直前まで黙ってなくてもいいじゃないか。

いや、違う、夏美が悪いんじゃなくて、そう言う事が言いたいんじゃなくて。

どうしたらいい、どうすればいい。

鬼道さんが優しい事は十分知っている。

でも、規律に厳しいことだって十分知っている。

今すぐにでも電話をして自分の正体を告白して楽になってしまいたかった。

何度も鬼道さんの電話番号を押したけど、通話ボタンだけはどうしても押せなかった。

言ってしまいたい、楽になりたい、でも、それから先はどうなるのだろうか。

私の嘘を、鬼道さんは許してくれるだろうか。

私が雷門でも、鬼道さんは今まで通りに居てくれるだろうか。

ない頭を振り絞ってグルグルグルグル、結局答えは出ないまま、私は次の日を迎えてしまった。













よく眠れないまま、ついに当日を迎えてしまった。

しかし眠い、と言うよりもどうしよう、という気持ちが大きいため眠気はあまりない。

私はいつも通り、帝国の応援に行くつもりはない。

けれど、雷門がどうにかなってしまうかもしれないのに試合を欠席する事はできなかったし、欠席するうまい言い訳も思いつかなかった。

休日で学校は休みだというのにグランド付近は野次馬で溢れ返っている。

当然だ、なんせ相手は帝国で、こちらは11人集まるかも怪しいサッカー部だ。

私はそんな中、帝国の制服を着るわけにはいかなかったので私服姿で夏美の部屋に居る。

室内に居るというのに帽子を被ってしまうのは、万が一にも気付かれたくないから。

幸いにも夏美は特に気にした様子もなくグランドを特注のオペラグラスで見つめている。

・・・行儀が悪いとか言われたらどうしようかと思った。

グランドに集まっている雷門のサッカー部とはまた違った緊張が全身に走る。

雷門が勝てる可能性は万が一、いや億が一くらいかもしれない。

雷門のサッカー部には知り合いも居なければ練習風景を見たことすらない。

だが、どうしても帝国より小さく見える背中がやけに心臓を打ちのめすのだ。



お願いだから、勝ってほしい。



お願いだから、私の「今」を壊さないでほしい。



握り締めた指先がやけに冷たい。

私にとって、言ってみれば帝国の試合結果などどうでもいいことだった。

毎回必ず勝つということが大きい要素ではあるが、結果を知ったところで多少一緒に勝敗を喜んだりはするが、私は真の意味でその輪の中には入れない。

今の私はサッカーから、なにもかもが遠い。

同じフィールドに立つことも、同じ世界を見ることも、同じスピードで走ることも、何もかもが出来ない。

出来ないし、皆のサッカーに対する苦楽は全く知らない。

佐久間とボールを取り合ったり、源田にシュートを放ったり、鬼道さんと一緒にフィールドを走ったり、やりたい事はたくさんあるのに、どれも叶わない。

そして出来たとして、そこには絶対的な実力差があることも知っている。

分かっている、分からない方がおかしい。

自分に出来ない事を勝手に知らない他人に託して、私は帝国を裏切って雷門の勝利を願う。

雷門が奇跡的に勝利さえしてくれれば、私はまた、何事もなかったかのように、いつも通りに帝国で皆と一緒に過ごすことができる。

そう、いつも通りに「」として。

それは無謀な事だと分かっていたが、私は自分のために、そう祈らずにはいれなかった。











しばらくして帝国は到着した。

初めて見る移動用の乗り物を見て愕然とする。

いつもあんなもので移動しているのだろうか、というかあの中に鬼道さんは居るのだろうか。

まるで宇宙船のような真っ黒い車体のドアがゆっくりと開き、中から帝国の制服を着た人たちが整列し、

広がったレッドカーペットの上を悠々と歩いて出てくるのはサッカー部のレギュラーたち。

いつも制服姿しか見ていなかったが、真っ赤なマントを翻し、先頭を歩いているのは間違いなく鬼道さんだ。

鬼道さん、なのに、



「(どうしてだろう、知らない人みたいだ)」



いつも優しげな雰囲気が漂っている鬼道さんとは別人のような空気をまとっている。

それはキャプテンの貫禄とか、気迫とか、色々合わさっているのだろうけど。

余裕すら感じる嘲笑に、私は思わず息を飲み込んだ。



この人にとって、ここが壊れてしまう事には何の意味もないのだ。



私は、ここに居るのに。



雷門のキャプテンに挑発的なシュートを決めた鬼道さんは不適に笑う。

なんだか気分が悪くなり、窓から離れて、ソファに座る。

鬼道さんは、私のことを知らない。

私が黙っているのだから、当たり前だ。

けれど、私は鬼道さんの何を知っているのだろうか。

少なくとも、サッカーに関わる部分は、何一つ、知らない。

平日も休日も、鬼道さんだけじゃなく、サッカー部とは一年掛けて多くの時間を共有してきた。

なのになんだ、この急速に遠ざかる距離感は。



「(ああ、やっぱり来るんじゃなかった。全部夏美に任せればよかった)」



俯いたまま、私はそんな無責任な事を思いながら、開け放たれた窓から試合が始まるホイッスルを聞いた。



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101129



アニメ一期の鬼道さんの悪役っぷりってすさまじいですよね。
そんなところも好きなわけですが←
あれを初めて見た、さんは相当ショックだろうなと思う訳です。