くるくるくる、が手にしているシャーペンが綺麗に回っている。

おそらく無意識なのだろう、教科書を見つめている顔は真剣そのものだ。

いつも明るく・元気・斜め上の三拍子がそろってしまっているだが、頭は良い。

だからテストが近いというこの期間、部活も休みになっているため、一緒に勉強しないかと誘った。

お互いに、直前になって慌てて取りかかるようなタイプではないので、

別に今更という感じがしなくもないのだが、がどういう感じで勉強しているのかが気になったのだ。

綺麗に取られているノート。

教科書にも綺麗にラインが引いてあり、要点が分かりやすい。

何冊かの参考書は付箋がいっぱい貼ってある。

そのどれからも、一人暮らしという環境ながら、が普段から努力をしている事が垣間見える。

ふいに十二時を知らせるサイレンが窓の外から聞こえた。

それにふっとは顔を上げ、手にしていたシャーペンを机の上に置いた。



「お昼ですね、昼食を兼ねて少し休憩しましょうか」



「そうだな、始めてからずっと休憩をしていなかったしな」



背筋をぐっと伸ばしたは机の上を片づけて台所へ消えて行くが、

すぐに麦茶の入ったカップを二つお盆の上に載せて帰ってきた。

すぐに脱線するかと思っていた勉強会だが、お互いに黙々と手を進めていた。

テスト期間中とはいえ、俺にはサッカー部員たちの管理、そしてには一人暮らしならではの家事がある。

俺や回りの部員たちが度々サッカーの話をするので、最近のはそこらに居る女子とは違って、サッカーの戦略に詳しくなっていた。

俺が無意識のうちに呟く言葉を聞いて、斬新な切り口で提案をしてくれるの戦略はとても新鮮に感じる。

・・・まあ、的外れな事を言っている時もあるのだが、それは仕方がない事だ。



は、サッカーをしないのだから。



むしろ、ここまで話を聞いているだけで俺の戦略に意見を言えるというのはすごい事だ。

普通サッカーに興味がない女子のなら、ポジションさえ正確に言えるか怪しいものだ。

そういう意味で、は本当に頭の回転が速い事がよく分かる。

色々ビデオを見て研究したり、知識が増えて行けば間違いなくマネージャーとして素晴らしい働きをしてくれるだろう。

もしかしたら、戦略なども一緒に色々話せるようになるかもしれない。

そうは思っても、やはり俺はあまりの前でサッカーの話は進んでしようとは思わない。

俺の周りに居る事によって無意識のうちに増えてしまったサッカーの知識。

は別に、必要とは思っていないだろう。

そもそもの前でスポーツの話は鬼門だ。

サッカー部が集まってしまうとそういう話題に自然となってしまう。

今のところそれに関して嫌な顔を見せた事はないが、はどんな心境で聞いているのだろうか。

一年の時、屋上で涙を流して以来、は弱音を吐かない。

自分の中である程度整理が付いたからかもしれないが、体育には未だ姿を現さない。

走れなくても、見学として授業に参加することはできる。

それでも姿を現さないという事は、やはりまだ、うまく身体の動かない自分と向き合えていないからなのだろう。



俺はすべての事をに一々報告しているわけではない。

でもは、さらけ出しているようで肝心なところでいつも心に蓋をしてしまう。

だから、スポーツに対する想いが強い事は分かるが、それがどれほどのものなのか、未だに推し量れない。

だからこそ、その領域に不用意に踏み込めないし、俺たちの周りに居て無理はしていないか、些細なことが気に掛かるのだ。



「鬼道さん、お昼何が食べたいですか?」



「ん、ああ、そうだな・・・」



つい考え込んでしまい、口から出たのは生返事だった。

それに気を悪くするでもなく、は笑顔で話を進める。



「よろしければ、昨日の余りで悪いですが、ビーフシチューがありますよ」



「ビーフシチューか・・・」



・・・とりあえず、考え事は後だ。

今考えていても結論は出そうにないし、これは本人の問題だ。

俺がどうこう言う問題じゃないんだ。

俺に出来る事があるとすれば、しっかりと結論が出るまで、気長に待っているくらいの事だ。



「・・・はい、どうしますか?」



が持ってきてくれた麦茶を飲みながら、一息つく。

こういった場合、どこか外に食べに行こうという選択肢が最初に出てこないのも、のいいところだと思う。

最初は料理が苦手で、おにぎりもろくに握れなかっただったが、

部活のおかげか、本人の努力の賜物か、今では趣味の一つといっても遜色ないレベルになっている。

その恩恵を受けて、俺はにお弁当を作ってきてもらっている。

今まで学食か購買で済ませていた身としてはお弁当を作ってもらえる事が新鮮で、嬉しくもあった。



「じゃあ、ビーフシチューを貰ってもいいか?」



「! はい、いっぱい食べてください」



「それから、サンドウィッチでも作らないか?ビーフシチューには合うだろう?」



「え、鬼道さん手伝ってくれるんですか」



「当たり前だろう、いつもばかりにやらせては悪いからな」



「私は好きでしてるんですから、別にいいんですよ?」



「なら、俺も好きで手伝おうとしているから、大丈夫だ」



俺の申し出を受け入れ、は台所へと俺を連れて行った。

流石に一人暮らし用の台所なので、二人並んで立つと結構狭い。

がビーフシチューに火を通している隣で、俺はパンの耳を切り落としていく。



「サンドウィッチって言ったら具はなんですかね。私はチーズが入ってるのが好きですが」



「チーズか、俺は卵が入っている奴が好きだな。」



「じゃあ、両方作りましょうか」



「そうだな、どうせなら色々と作ろう」



言ってしまえばパンに具を挟むだけのものだが、何を挟むべきか考えだすと意外と楽しいものである。

火が通ったビーフシチューに蓋をして、も具を切り始めた。

途中鬼道さんの手つきが危なっかしくてヒヤヒヤしたりしたが、二人でする料理もそれなりに楽しかった。

そう、楽しかった。

楽しみすぎたのがいけなかった。



「・・・鬼道さん」



「・・・なんとなく言いたい事は分かるが、どうした



「・・・さすがに、作りすぎましたね」



「・・・そうだな」



いつの間にか山盛りに出来てしまったサンドウィッチ。

明らかに二人では食べきれない。しかも火を通したとはいえ卵は今日中に食べるべきだ。



「・・・源田たちを呼ぶか」



「そうですね、勉強会も兼ねて呼びましょうか」



部活もなく大人しく自宅に居るであろう面々に手分けして連絡を入れる。

特にテスト習慣になってもろくに勉強しない辺見には必ず来るようにと念を押した。

最終的にいつも泣きついてくるのだから、最初からすればいいものを・・・



「鬼道さん、みんな来れるそうですよ」



「そうか、じゃあもう一台机を出しておくか」



「そうですね、流石にこのままじゃ皆入らないですよね」



部屋の隅に置いてある折りたたみの机をもう一台広げる。

どこに行くにも大体部活単位で動くので、部屋に遊びに来られたりするとテーブルのスペースが足りない。

特に調理部は人数も多いし、お菓子パーティーを頻繁にするのでスペースは広くて損はない。



「でも人数増えるならもっちょっと作った方がいいですね」



「そうだな、あいつらよく食べるからな」



「鬼道さんもたくさん食べてくださいね!」



「・・・ああ、ありがとう」



テーブルに飲み物やサンドウィッチを運ぶ。

取り皿を置いてくれている鬼道さんを横目に見ながら、あとどのくらいで全員集まるのだろうかと壁に掛けてある時計を見上げる。

一人暮らしだとあまりたくさんの食材をストックしておくと食べきれないのだが、こうして定期的に皆が遊びに来るし、何より弁当も作っている。

それでもあまるものはサッカー部に投げておけば綺麗になくなるので、食べきれなくて勿体ない、という事態になることはめったにない。

まあ、本当は余らないように買ってくるのがベストなんだろうけど、ついつい多めに買ってしまうのは、食べてくれる人がいるからだろう。

引っ越し当初、一人で食べる食事と言うものは本当に味気なかった。

親は忙しくて居ない事もよくあったが、それでも夏美は一緒に居たから、一人で食べるという事はあまりなかった。

鬼道さんだけでなく、源田や佐久間たちも学校帰りにラーメンを食べに行ったり、

部活で作ったお菓子を部員たちで試食したり、笑ったり、なんだかんだで私は人に恵まれている。

それはとてもありがたいことだと、家を離れてますますそう思う。



(面と向かっては言いづらいけど、みんな、ありがとう)



私は、幸せだ。




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101017


鬼道さんは鬼道さんなりにさんの事を考えている。