放課後、普段ならば部活があるのだが、今日という日は業者がグランド整備を行うため、グラウンドを使う事が出来なかった。

中学校とはいえサッカー部に並々ならぬ力を入れている帝国学園は天然芝のグランドが自慢である。

まあそれゆえに定期的に手入れをしてなければならないので、今日みたいにグラウンドが使えない日はそう珍しい事ではなった。

普段なら自主的に近くのサッカーができる場所で自主連をしたりするのだが、本日は天気予報を大きく覆す、バケツをひっくり返したかのような激しい豪雨だった。

普段こういうときに使用しているグラウンドは屋外のものだ。

この雨の中、今すぐに止んだとしても、とてもじゃないが使えたものじゃないだろう。

教室の後ろに集まって、今日の部活はどうするかと話をしていたサッカー部員たちだったが、突如教室のドアがガラリと開いた。

反射的にそちらを向くと、無言でが仁王立ちしていた。

しかも部活中だったのか、エプロンをつけたままである。

普段見慣れないの姿に目を輝かせたのは成神だけであった。

・・・恋は盲目と言うが、成神はとは違った意味でまたすごいと思う。

佐久間なんか露骨に顔をしかめて寺門の影に隠れた。

悪い態度を取りたいのか怯えているのかどっちなんだ佐久間。

どちらにしてもは手加減してくれないだろうが。

成神以外の部員たちは近寄ってくるに全く良い予感はしなかったが、今までの経験上から逃げられない事は分かっていたので覚悟を決めた。

何が悪いと言えば、おそらく鬼道に指示を仰ごうとして鬼道とのクラスにのこのこ集まったのがいけなかった。

次からは場所を改めなければならない。

ちなみにの唯一のストッパー鬼道さんは、総帥の所に用事があるため今はここに居ない。

非常に残念である。



「突然だけど、イメチェンしようと思います」



真顔のまま、俺たちの前に佇んだはそうのたまった。

え、イメチェン? イメージチェンジの略のあのイメチェン?

まったく脈絡がなかったので思わず聞き返しそうになったが、の目が真剣すぎるので言葉が出なかった。

本人の真剣さは表情から良く分かるのだが、如何せん飛び出てくる言葉が言葉なだけに、寺門の影からひょっこり顔を出した佐久間はジト目でを睨んだ。



、熱でもあんのか」



「とりあえず失礼な奴はほっといて話を進めるけど」



佐久間を全く視界に入れず話を進める

地味にダメージを受ける佐久間はその隣に居た源田のわき腹に肘鉄をくらわした。

油断していたためもろに食らった源田の表情が歪んだが、流石キングオブゴールキーパーと言われるだけはあり、その苦痛に何とか耐え、脇腹を押えながらに向き直る。



「・・・で、でも急にどうしたんだ?別に今のままでも十分だと思うぞ?」



「ありがとう源田、後で無害な蜂蜜レモンを進呈します」



「・・・害のあるものは鬼道に作るなと言われてるだろう?」



「何かいつもの癖でね、ついうっかり」



「・・・鬼道には言わないから後で廃棄するように」



「はーい」



「で、なんで急にそんなこと言い始めたんだよ」



「・・・・それなんだけどね、」



明らかに色がおかしい蜂蜜レモンのタッパーをは佐久間の鞄につめながら首を傾けた。

物憂げに伏せられる目はまさに悩んでいますという感じだったが、している行動が凶悪なだけに彼女が悩む理由よりもタッパーの行方の方が気に掛かる。

それに気が付き必死に抵抗している佐久間だが、今までの経験上鬼道さんの助けがない時の佐久間の勝率は0%である。

なにも貰ってしまったら絶対食べなくてはならないという決まりなどないというのに、最後にはなぜか佐久間はそれを口にしてしまう。

散々な目に遭っていながら口にしてしまう佐久間は学習しないというよりは、よく躾けられてしまった、と言った方が正しい気がする。

とにかく最終的にねじ込まれてしまったタッパーと向き合って佐久間が震えているのを視界の端に入れつつ、

それぞれ、まあいつもの事か、という事で話を進める事にした。



「まあその、世に言う思春期な訳ですよ」



「そうだな」



「なのに私ときたら、外見も体格も普通すぎて何の特徴もないというか平凡だし」



「なんか雷門にそんな感じの奴がいたな」



「そうなんだよしかも不名誉な感じに被ってるんだよ」



、お前も相当失礼だぞ」



言われ放題のえーと、なんだっけ中途半端のはん・・・はん・・・まあいいか。

・・・とにかく、なんとなく言いたい事は分かる。

は普段の奇行がどうしても目に付くが、それを抜きに改めて見れば、どこにでもいそうな普通の女の子だ。

身長も真ん中くらいだし、痩せている方だが病的な印象はまるで受けない。まあ、普通だよな。

鬼道さんを目の前に幸せそうに笑っている時は可愛いの分類に入るが、今みたいにいつだって鬼道さんが一緒に居るわけではない。

・・・まあ、それでも大体は一緒に居るけどな。

詳しくの話を聞くと、どうやら部活に行った時、高橋が新しいエプロンをつけていたらしい。

そのエプロンがすごく似合っていて、しかも高橋がいつも降ろしている前髪をポンパドールにしていたのがすごく似合っていて衝撃を受けたそうだ。

それは隣の席の俺もよく分かる。あれは似合っていたし、雰囲気が結構変わっていた。

だからと言ってはショートだし、前髪も長くない。

そもそも大人っぽい高橋のように、と言ってもはタイプが違うし無理がある。

それでどうしたものかと部活を抜け出してここに来たらしい。って部活は良いのか。



「DNA的には学園のアイドルと呼ばれるような美人であってもいいはずなのに!というわけで、素敵女子にイメチェンしたいわけなんだよ」



「(DNA・・・?)素敵女子ってなろうと思って慣れるもんなのか?」



「だからどうしたらなれるかそれを聞こうかと思って」



胸を張って言うに俺たちはなんて声を掛けるべきなのか。

この間ひそかに調理部部長の高橋がおそらくを探しに教室の前を通ったんだが、

が必死に説明している様を見て微笑ましそうに見てから、俺たちに向かってまた違った種類の笑みでにっこり笑ってなにも言わず立ち去った。

・・・ここでしくじったら、もしかすると明日の購買は地獄かもしれない。

そしてきっと隣の席である俺はそれから逃れる事は出来ない。しくじるわけにはいかなかった。



「・・・女子に聞けよ」



そんな中、身も蓋もない事を言う佐久間に、フンッとは鼻を鳴らす。



「男子目線の情報もいるんだよ頭使えよ馬鹿」



「その発言が既に素敵女子から遠いんですけど!」



はとりあえず、言葉遣いに気をつけたら良いな」



ギャーギャー騒ぐ佐久間を押さえつけて、源田がなるべくオブラートに包んで言う。

というか鬼道さん以外にも鬼道さんに話すような言葉遣いをしていたら随分違うと思うのは俺だけだろうか。

しかしいざ想像してみると、結構きもちわる・・・いやなんでもない。

頭に浮かんだを消すために、とりあえず意見を言ってみる事にした。



「あー、髪伸ばすとかはどうだ?お前ずっとショートだろ?」



「ふんふん、なるほど!辺見はロングが好み、と」



「ぶっ! お前何してんだよ! っていうか捏造すんな!」



「あ、ごめーん。間違って調理部に一斉送信しちゃった」



「それ間違ってできる操作じゃないだろ!うわあもう死にたい・・・!」



せっかくアドバイスを真面目に考えたというのに、恩を仇で返されるとは。

至極楽しそうに笑うを恨めしく思いながら、なんかもう、明日、高橋と顔が合わせずらい。

つーか調理部全員って何人いるんだ。俺のクラスだけで何人いるんだ。文化部でも人数が多い方らしいんだけど何人いるんだ一体。

一人考えがグルグル回る中、不意に教室のドアが開いた。

ドアの向こうから現れたのは、赤いマントをはためかせた、我らがキャプテンの鬼道さんだった。



「・・・お前たち、何をしてるんだ」



なぜか居るエプロン姿のに一瞬歩みを止めたが、その後はスムーズに俺たちの所まで歩いてきた。

俺は居てもたってもいられず今起こった事実を鬼道さんに伝えようと口を開いた。



「鬼道さん!聞いてくれが「あ、鬼道さん!」



・・・まあ、そんな事もすぐにに邪魔されるんだけどな、分かってたけどな。

静かにポンっと肩に手を置いてくる源田に何となく救われた気がした。

に負けじと走り寄った佐久間はなぜがここに居るのかを説明し始めた。

佐久間はすごいな、俺にはそんな元気どこにも残ってねーよ。



「・・・というわけで、素敵女子になりたいとかで、俺たちに意見聞いてるんです」



「鬼道さんはどんな条件があると思いますか?」



の問いに、鬼道さんはく考えるそぶりを見せているが、どうやら考えがまとまらないらしい。

がわくわくした目で見ているから、何とか答えを出そうとしているようだが、そもそも鬼道さんにとって素敵な女性ってそのものなんじゃないかと思う。

頭も良いし、料理上手で、明るくてよく笑う、なにより鬼道さんに一筋で脇目も振らない。

鬼道さんの前では大和撫子と言ってもいいかもしれない、それ以外の時は山猿のような野性味が溢れているが。

・・・言ってみてなんだが、すごい切り替えである。

もしかするとは二重人格かもしれないな。

しばらくして、困ったように眉を提げた鬼道さんはに向き直った。



「別に、今のままでもは十分だと思うが・・・それじゃだめか?」



「・・・・」



はわくわくした表情から、ポカンとした表情に変わったかと思うと、まるで火が付いたようにボッと赤くなった。

あわあわしているを不思議そうに見ながら鬼道さんは首をかしげていた。

なぜだろうか、鬼道さん、そこは釣られて顔が赤くなったりするんじゃないですか。

成神は報われない片思いだが、で随分これは報われていない気がする。



?」



「・・・き、鬼道さんが素敵過ぎます!」



そう言って顔を押えて教室を飛び出したを追って、鬼道さんも再び教室を出て行った。

・・・結局部活はどうするんだろうか、もう帰っていいかなこれは。

・・・・・・そう言えばさ、冒頭に源田が今のままで十分って言ってたよな。

・・・・・・・・・・結局、この話し合いって何のためにあったんだ?

未だに雨は降り続いているが、なんだか無性にサッカーがしたくなった放課後だった。



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100815


思春期だがから色々あるよね!ニコッ!

辺見は次の日生温かい表情で高橋さんに見られればいい。