別にいつもの口げんかであった。
些細な事がきっかけで(確か今回も鬼道さんのことだった)始めたケンカだったが、その日はちょっと別のことで俺の機嫌はよくなかった。
普段だったらお互い流して終わるような事なのに、つい俺はムキになってしまったんだ。
「うるせぇんだよ、このブス!」
気付いた時には口を出てしまっていた言葉にはっとするが、既に遅い。
薄れ行くの顔が、最後にくしゃりと歪むのが見えた。
「・・・・」
「お、目が覚めたな」
「源田・・・?・・・っ!」
「まだ、動かない方がいいぞ。サッカーボールが直撃して、脳震盪を起こしたそうだ」
目が覚めるとベットの上。どうやら保健室のようだ。
隣の椅子に座っていた源田が俺は起き上がろうとするのを止め、寝ているように促す。
喉が渇いた、と言えばまだ空いていないペットボトルを差し出された。
・・・ぬるい。
俺が気を失ってから、結構な時間が経っているようだった。
それにしても、
「・・・つーか、脳震盪? 一体誰が、」
「・・・鬼道だ」
「・・・・あー・・・」
それでカッチリと何かが埋まるように頭の中で整理がついた。
そうだ、俺とケンカして酷い事言ったんだった。
で、が泣きそうになって、その時後頭部に衝撃が走ってそれから先はブラックアウト。
今回の件でを泣かせてしまった事と、鬼道さんを怒らせてしまった事は言われなくても分かっている。
鬼道さんがミスキックをするはずないし、そもそも俺たちは廊下で話していた。
なぜボールがあったかは謎だがそんな所でサッカーボールを蹴ってしまうくらい、俺は鬼道さんを怒らせてしまった。
たぶん鬼道さんのは衝動的な行動だとは思うんだけど。
あの人見てる側からはあんなに分かりやすいけど、自分の気持ちにはまるで気付いていない。
たぶんサッカーとか勉強とか家の事とかで余裕がないからそういう事に疎いんだろうが、
あそこまでの行動を起こせるなら、いい加減自覚してくれた方がまだこっちとしては楽だと思う。
・・・あー、それにしても、なんであんな事言ったんだ。
は見た目云々の前に言動行動が突飛で、特に俺とはしょっちゅう憎まれ口をたたき合っている。
だからか、どうにも女の子らしい扱いというものをしていないが、それでも女子に変わりはない。
特別華やかな、誰もが振り返るような容姿ではないものの、鬼道の前で見せる幸せそうな笑顔は、可愛いと言えるものだった。
・・・あんな事、思った事なんてなかったのに。
マネージャーじゃないけど、差し入れとか持ってきてくれたりして、世話になってるのはこっちなのに。
は何も悪くないのに、完全なる俺の八つ当たりだ。
もはやため息しか出ない俺に、源田もため息を付いた。
「気まずくなる前に、早く謝った方がいいぞ」
「・・・分かってる」
分かってる。
でも既に気まずい場合、どうすりゃいいんだろうな。
既に時間は放課後になってしまっている。
普通なら、部活にいくところだが、その前にに謝らなくてはという気持ちがあり、俺はがいるはずの調理部へと向かった。
・・・なんて言おう。
ごめん、で済むのだろうか。
容姿の事、気にしてたんだろうか。
思えばが泣くとこなんて、渾身の勇気を振り絞って鬼道さんを映画に誘ったが、運悪く俺という先約があって断られてしまった時以来見てない。
あれはもう女らしくしおらしい感じはまるでなく、あまりの怒りについでにあふれ出たような涙であって、
泣いていたというよりは、悪鬼大爆発という感じだった。もちろん鬼道の目の届かぬ所での大爆発であった。
ちなみにその時の俺はに日本には絶対なさそうな原材料が分からない蛍光色の菓子を無理やり口に突っ込まれるという制裁を受けた。
でもそれで済んでよかった、と思えるほどあの時のは怖かった。
でもなんとなく胃がもたれた気がした。
悶々とするなか、廊下を曲がった先の光景に俺は目を見開いた。
「なっ・・・!」
調理部の部室は・・・
「なんだこれ!?」
「うふふっ、本当にのこのこやって来たのね。総員、構え!」
「「「おー!」」」
「撃破なさい!!」
「って、うおおおおっ!?」
なんか調理部の前にすごいバリケードが作られてるんですけど!
なんかものすごい狙われてるんですけど!
次々にそのバリケードの向こうから飛んでくる失敗料理やザルやお玉をなんとか避けながらの姿を探すが、
バリケードの向こうにひしめいている女子の中にはの姿は見つからない。
ひとしきり避けると投げるものがなくなったのか、攻撃が止んだ。
バリケードのひときわ高い所に立って指揮を取っている女が肩に掛かっていた髪を優雅な動作で払い、
あくまでも上から目線の言葉を並べる。
「流石、腐っても帝国サッカー部なだけはあるようね」
「つーかお前誰だよ」
「・・・調理部部長の高橋よ。あなた、うちの副部長を随分可愛がってくれたようね?」
そう言って微笑む高橋と名乗る女は、お世辞抜きで美人だった。
道行く人は振り返り、一度見たら忘れないような、そんな美貌を全力で押し出すような笑顔が、今はただ怖い。
初めてと会った時のように、威圧感が半端ない。
そんな中、そういえば、って副部長だったなと、場違いな事を思っていた。
「どんな理由があろうとどんな経緯があろうと、女を泣かせた時点で悪いのは男!
しかもよりによって容姿の良し悪しを問うなど言語道断!
佐久間次郎!
私たち調理部は一丸となりあなたと徹底抗戦することをここに宣言します!」
そう高橋が言ったとたんその下に居た他の部員から、高橋様ー!とか、キャーかっこいいー!とか言葉があがるが、
俺はどうするべきなんだ。
帝国学園内だというのに完全にアウェイなんですが。
つーか、お前こんな濃い部活に居たのか。
も随分可笑しいやつだが、この高橋とか言う女も以上に随分斜め上だ。
でも、ここまでバリケードを築いているなら、ここにが居る事は確かなのだろう。
すうっと俺は大きく息を吸い込んだ。
顔を見たって素直に謝れるかは分からない。
だったら目の前に居ようが居まいが関係ない。
「聞こえるかー!!」
「なっ!?」
突然叫んだ俺に驚いたのか、調理部の奴らが一瞬固まり、静かになる。
「俺、あの時苛々してて!だから俺が全部悪い!俺が悪かった!別には普通にかわい・・・」
「はしたないわっ、この無礼者ー!!」
必死に謝辞の言葉を叫んでいたところ、フルフル震えていた高橋がキッと顔を上げ、
バリケードの壁を飛び越えて俺に回し蹴りを食らわした。
薄れ行く意識にまたか、と思いながら、高橋、お前のその行為ははしたなくないのか、
むしろ今どこがはしたなかったんだ、という疑問だけが胸中に残っていった。
「・・・・・」
次に目覚めるとやはり保健室だった。
もう日が暮れてきたのだろう。
カラスが鳴いている。
ぼんやりしていると控えめにカーテンが開き、そこには、先ほどは姿が見えなかったが居た。
「佐久間、大丈夫?」
「・・・」
「ごめんね、菊ちゃん口より手が早くって」
菊ちゃんって誰だよ、そう思ったが、まあこの状況に追い込んだのは高橋しか居ないので、たぶんあいつの事なんだろう。
「、ごめんな、俺・・・」
「あ、いや、いいよ。もう気にしてないし、さっきの聞こえてたし」
「・・・そっか」
あの状況で女子相手に強行突破するわけにはいかなかったとはいえ・・・それはそれではずい気もするな。
「私も、なんかごめん。真に受けて、大げさだったよね」
「いや、俺こそに当たったりして、無神経だった」
「そっか」
「ああ」
「どっちもどっちかな」
「・・・そうだな」
「・・・・・」
「・・・・・」
しばらく沈黙が続き、突然がパンッと気合をいれるように自分の顔を挟むように叩いた。
突然の事にキョトンとしていると、目の前に手を差し出された。
「じゃあ、この話はおしまい!佐久間、仲直りしよ!」
「・・・」
「ね!」
「・・・ああ、仲直りするか!」
しっかり握った手は思ったよりも冷たく、が緊張していた事が判明した。
それを笑うと速攻で右ストレートが飛んできたが、本気じゃないため痛くなかった。
お互いひとしきり笑ってすっかり日が暮れたころ、俺にサッカーボールを当てて脳震盪を起こさせた鬼道さんと、
回し蹴りをして俺の意識を奪った高橋が謝罪のため保健室前に立っていたのだが、
彼らが保健室に入るタイミングを完全に失い、かれこれ30分近く廊下に棒立ちしていることを俺たちは知らなかった。
「(・・・鬼道君、先に入ってはいかが?)」
「(お前こそ入ったらどうだ高橋)」
「(そんな割り込むようなはしたない真似はしないわ)」
「(だからレディファーストだといってるだろう)」
「(ふふっ、今更紳士気取り?日本の女性は三歩下がって付いていくのが美徳でしょう?)」
「(・・・お前はそういうタイプじゃないだろう)」
結局保健室から二人が出てくるまで、高橋と鬼道の攻防戦は続いた。
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100729
オリキャラせーさん!
でもこの人、割と重要なポジションに居るのでふとした時に出てくると思います。
それにしても佐久間は貧乏くじである。
・高橋 菊(たかはし きく) 設定
辺見のクラスメート。調理部部長にして生徒会長を勤めている。
腰まで伸びた艶やかな黒髪とすらりと伸びた手足が印象的なスタイル抜群のカリスマ女帝。
美人だが、発言が女子寄りなので男子より女子に人気がある。
高橋は華道の家元の娘。それゆえお嬢様として育てられ、その途中で鬼道家や雷門家と知り合っている。
学食などにも口出ししているので高橋を怒らせると学園内の食べ物がえらい事になる。