「前から思ってたんだけどさ、成神前髪長くて邪魔じゃないの?」



「もうこれに慣れましたから、別にそうでもないっすよ」



図書委員の先輩。

諦め悪く、相変わらず俺は木曜に図書室に通っている。

今日は先輩がお勧めしてくれた本を借りに来た。

その甲斐あってか、最初の頃にあった余所余所しい感じは今ではなくなり、

そして俺も、こう言ったら語弊があるかもしれないが、最初に見かけたときのような神々しいまでの美しさを感じなくなっていた。

別に先輩への気持ちが薄れたわけではない。

だが、一緒にこうして図書室で過ごしたり、話したり、そうして時間を重ねて行くと、

見なれてくるというものもあるけど、そう言う事じゃなく、先輩は神様とかいう遠い存在ではなく、

もっと近くで、一緒に地に足をつけて歩いてくれるような、とても人間らしい人間だった。

今思えば、浮足立って先輩の本質を見れてなかった自分が恥ずかしいが、

知ってしまってからというもの、ますます強くなる想いに苦笑する。

うわべだけで綺麗に笑うのではなく、心から晴れやかに破顔した表情の方が先輩らしい。

儚いなんて、今更似合わない。

でもやっぱり、どんな先輩でも可愛いと思うのは、俺がやっぱり盲目だからなのだろう。



「そっか・・・うちのサッカー部って前髪うっとうしい系か

 オールバック系っていう極端な感じだけど」



「(そんな風に思ってたんっすか・・・!)」



しかし言われてみればそうである。

おそらく、うっとうしい系なのは俺と源田先輩と咲山先輩、佐久間先輩。

オールバック系は鬼道先輩、辺見先輩、寺門先輩、胴面。

後はどうかな前髪がどうなっているか分からない先輩もいるが、

先輩の基準は斜め上だから俺の基準じゃ計りきれないしな。



「そこまで伸ばしてしまえば気にならないものなんだね。

 私も一回伸ばしてみようかと思った時期があったけど、途中がうっとうしくてすぐ切っちゃうんだよね」



「確かに、先輩は比較的短い方ですよね」



「うん、だからかな。前髪が長い人を見るとなんか気になっちゃうんだよね」



「そんなもんっすか」



「うん、そうなの。だから成神」



「・・・先輩、その手に持ってるものなんっすか」



すっと、どこから出したのか、先輩は可愛い飾りの付いたヘアピンを取りだした。

そう言えば、先輩が前にそのヘアピンで前髪を止めていた事もあった。

そして、それに気が付いて、可愛いっすね、似合ってますよ、と褒めた記憶もある。

その可愛いヘアピンを片手に、俺から全く視線をそらさずに先輩はにじり寄ってくる。

なんだか嫌な予感しかしないので俺も徐々に後ろに下がって行く。



「逃げないでよ成神、私が持っている範囲で一番似合いそうなの選んできたんだから!」



「それ完全に女ものっすよね!」



「たかだか金属の塊の形がささやかに違うだけだよ!」



「そんな壮大に言っても嫌っすからね!」



「大丈夫!私が好きだから!」



「それ何の理由にもならないっすよ!」



「ね!お願い成神!」



「うっ・・・!」



完全なる片想いで、まったくもって勝ち目がないというか、本人が気づいてくれる気配は爪の甘皮ほどもないのだが、

そんな彼女でも惚れてしまっている自分は彼女のお願いに弱い。

無意識なのだろうが身長差のせいで自然と上目遣いになってるし・・・!



「ね、いいよね?」



「・・・うぅぅ」



「ね、成神!」



惚れたら負け、なんて、昔の人はうまい事言ったなあと俺は他人事のようにそう思っていた。








「・・・・・・」



「ん、どうしたんだ成神。今日は遅かったな」



「さっさと着替えてこい、もうすぐ始まるぞ」



「・・・その前に、一ついいですか」



「なんだ?」



「先輩方、それ、どうしたんですか」



「ああ、がうっとおしそうだからって付けてくれたんだ」



「・・・あいつ言いだしたら聞かないしなあ」



視界良好だぞ!と楽しそうに笑う源田先輩の前髪は言ってしまえば大五郎のようなちょんまげになっており、

しかも赤いボンボンが付いたゴムで結んである。

その隣に居る辺見先輩はいつも降ろしているはずの髪がポニーテールになっている。

髪が落ちてこないように止めてあるピンが、鮮やかなショッキングピンクなんだがそれもツッコムべきなのか。

よくよくあたりを見れば、咲山先輩も先輩と遭遇したのか、いつも流してある前髪ごと、

左サイドに綺麗に編み込みが施されている。

あれはちょっとカッコイイ。先輩器用すぎないか。

鬼道先輩は、普通にハーフアップにしてあるし、佐久間先輩はサイドテールになっている。

恐ろしいのは佐久間先輩の場合シュシュまで付けているのに違和感と言うものがどこにもないところである。

というかあんなに喧嘩ばっかりしているのにどうやって佐久間先輩にあんなものを施したんだ。

そっちの方が気になる。



「成神はヘアピンだったんだな、似合ってるぞ!」



無駄に爽やかに、全く裏のない笑顔で源田先輩はほめてくるが全く嬉しいとは思わない。

この人を見ると、ヘアピンごときで済んだ俺はまだましだったんだな、と思うがなんとなくつまらない。



「(俺だけじゃなかったんだな・・・)」



小さな白いレースで作られた花飾りが付いた、可愛い空色のヘアピン。

先輩がつけていたときはまるで先輩のためにあるかのように似合っていると思っていた。

それを今自分がつけている。

流石に抵抗はあるが先輩のお願いならなんだって聞いてしまうんだ、俺は先輩が好きだから。

そして、みんなも先輩のお願いに弱いんだ。

みんなきっと、鬼道先輩の事を全力で好きで、

俺たちの事を一人の人間として大事にしてくれている先輩が好きなんだろうな、友達として。

だから断れないんだろうけど、そこに他意はないんだろうけど、なんていうか、



嫉妬って、多分こういう事なんだろうな。



先輩、俺はあなたに会ってからいろんな感情を知りましたよ。)



*******



100720


成神君のお話はすごく書きやすい。
成神君かわいいですよね!