俺は木曜日の放課後、決まって図書室を訪れた。
本が好きなわけじゃない。
内容はともかく、活字の羅列を見ているだけで俺はひどく眠気を覚える。
雑誌は読めるのに不思議な話だ。
でも最近は頑張って活字を読むよう努力はしている。
だって、
「・・・先輩!」
「あ、成神君。こんにちは」
俺を迎え入れてくれる大好きな先輩がいるからだ。
「成神君は本当に本が好きなんだね」
「えっ、」
いつも通り本を返却していると、感心したように先輩が言う。
図書カードに返却スタンプを押して、すぐ横にある返却済みの棚に俺が借りていた本は収まった。
「だって、毎週本借りていくでしょう?一週間あれば一冊くらい読めそうだけど、実際継続するのって難しいから」
「そ、そんな事ないっすよ!」
褒められたのがうれしくって、つい大声を出してしまい、はっとして口を噤んであたりを見渡す。
幸い人はいないようで、ほっとして先輩に視線を戻すと先輩はその様子を見て小さく笑っていた。
図書室だからだろう、他に誰もいなくても声を落として笑う先輩は素直に可愛らしく見える。
最初は宿題で調べ物があったため、仕方なく図書室に行った。
しかし図書室の扉を初めて開けた木曜日の放課後、俺はその光景に目を見開いた。
先輩は他の人に比べ、元々髪の色素が薄い。
輝く夕日に照らされ、その髪が日に透けて金色に光って見え、更に窓から入り込んでくる柔らかな風が真っ白いカーテンと先輩の髪をふわりと持ち上げる。
この世の平和という平和をそこに凝縮したのではないかと思うほど穏やかな笑みを浮かべ、先輩は窓際に佇んでいた。
窓の外に向けられていた視線が、俺に気付いて、こちらに向く。
たったそれだけの事だったのに、その瞬間には俺はもう恋に落ちていた。
一目惚れって言うのを体験したのもこのとき初めてだった。
それからと言うもの、俺は毎週木曜日、欠かさず図書室へ通っている。
部活があるから長居はできないけど、俺にとってはすごく大事な時間。
この間、ようやく名前を知って、名前を覚えてもらった。
「そういえば、成神君ってサッカー部なの?」
「!」
突然飛び出した言葉に思考が固まる。
確かに俺はサッカー部。
しかしこの学校でのサッカー部という位置づけは特別なもので、危険なプレイや試合中に怪我人が出るのは当たり前、更には負けた学校の校舎の破壊までしている。
勝つ事は絶対だが、フィールドを去ればそれが褒められた事ではない事くらいさすがに分かる。
それ故、友達がまったくいないというほどではないが、触らぬ神に祟りなし、という感じにサッカー部は総じて腫れ物扱いを受ける。
そして俺たち自身も、他の奴らを寄せ付けないようなオーラと言うものを自ら出している。
だから、もし、先輩がそれで俺から遠ざかるのでは、そう思うと背筋が凍った。
「あれ、違ったかな?」
「・・・いえ、違ってないです」
ああ、終わった。
そう思ったのに、先輩はまたあの時見たように、幸せそうに微笑んだ。
「やっぱり! 鬼道さんが言ってた通り、サッカー部だったんだね」
「え、鬼道先輩が?」
「うん、同じクラスなんだ」
そう言って、前見たような、この世の平和という平和をそこに凝縮したのではないかと思うほど穏やかな笑みを浮かべ、先輩は笑う。
その素敵な笑顔に、俺の心は凍てついた。
あの日以来見ていなかったこの笑顔を、鬼道先輩の名前が出ただけであっさりと、本当に簡単にまた見れてしまった。
もしかして、あの時窓の外に居たのは、鬼道先輩?
「・・・成神君?」
「あ、すみません。そろそろ部活行かないと」
「そうだね、じゃあ行ってらっしゃい。頑張ってね」
「・・・はい」
応援の言葉も今は空しい。
結局本も借りずにその日は足早に図書室を出る。
妙に動悸が激しい。
目頭が熱い。
気がつけば走り出した足がグラウンドに到着していた。
「ど、どうしたんだ、成神」
今日、鬼道先輩が偵察で居なくて本当に良かった。
「う、うぅぅぅぅ源田せんぱーい!!!」
「どどど、どうしたんだ成神!!!」
俺の片想いはあっけなく崩れ去っていった。
「・・・それにしてもとはなあ」
「そうだ成神、あのだぞ?」
「お前絶対なんか誤解してるって、だってだぞ?」
「しぇんぱいはすてきですー!」
「先輩方、大人気ないですよ。あまり刺激しないで下さい」
今一番冷静な態度を取る胴面にたしなめられ、とりあえず一度皆口をつぐんだ。
もはや部活にならないので、サッカー部員は円になって集まり、成神の話を聞いていた。
が鬼道に惚れている事など今更周知の事実である。
しかし新一年生にはまだ浸透していないらしく、成神も知らなかったようだ。
まあ、知らなかったのは仕方がないといえるが、なぜよりによってなんだと、さんのことを知る二年生以降の部員は思いました。
意外と鬼道さんが天然やきもち焼きなのと、さんの普段の素行(主に対佐久間)を見るととてもじゃないが一目惚れする様な状況というものが思い浮かばない。
それはきっと夕日マジックだ、成神。
自然の力すげえな。
そう誰もが思いましたが成神があまりに真剣に、それこそ女神という言葉が飛び出してしまうような心酔っぷりだったので誰も口に出せませんでした。
「・・・まあ、なんだ、確かには鬼道に惚れてるけど、あいつらまだ付き合ってないよな」
毎日一緒に下校しているけど。
「あ、ああ、そうだよな」
毎日一緒に弁当食べてるけど。
「お互いなんだかんだで鈍感だし」
当たり前のようにお互いの家を行き来してるけど。
「それに鬼道がどう思ってるかは分からないし」
無自覚にめちゃくちゃ嫉妬してきますけど。
「まあ、頑張れよ、成神」
たとえ鬼道がどう思っていようが、鬼道大好きっ子が相手では玉砕するのが目に見えていますけど。
「・・・先輩」
普段のクールな成神はどこへ行ってしまったのか、感動したかのように成神は何度も頷きました。
「俺・・・頑張ります!」
成神の、どこかすっきりしたような、晴れやかな笑顔は輝いていました。
普段からこんなにも後輩から感謝の気持ちを伝えられる事がないため、サッカー部員たちはいろんな意味で胸が熱くなりました。
応援しておきながら、玉砕するのが目に見えているからです。
笑顔を真正面から見れず、それぞれが様々な思いを抱きながら成神に心中謝りました。
そして思った。
今日の出来事は、絶対に鬼道には秘密だと。
クールでドライな成神君を求めていらっしゃった方、すみませんでした。
個人的に源田が大型犬、成神が小型犬イメージが定着しているのでこんな事になりました。
今日の格言:みんな、サッカーしようぜ!