「・・・大丈夫か、」
「いや、無理」
「しっかりしろよ、一時間目、小テストだろ」
「鬼道さんが居ないのに、がんばらなきゃいけない理由が分からない」
「お前なぁ・・・」
本日何度目か分からないため息をついて、は机につっぷしったまま隣の席を見つめた。
本来ならばそこは鬼道の席なのだが、あいにく本日鬼道は風邪を引いて休んでいる。
それを知ったが教室から飛び出そうとしたところを源田と、偶然廊下を通りかかった俺で何とか止めた。
の勢いがすさまじすぎて、一瞬本気であの源田がパワーシールドを使うのではないかと思ったほどだ。
いくら相手がとはいえサッカー部でもない女子にそれはだめだろ!
もしこの場に佐久間が居たら、ためらう事無くジャッジスルーを使っていたに違いない、そんな勢いだった。
なんとか機転を利かせて、
「お前が授業サボってまで会いに行ったら鬼道が気に病むだろ!」
と叫んだところ、は大人しくはなったのだが、今度はやる気というやる気が霧散してしまい、現在に至る。
ああ、またため息ついてる。
もし本当にため息で幸せが逃げるなら、の今後が心配だ。
最近のは本当に鬼道の回りをうっとおしいほどうろうろしている。
そのせいで学校内に居る時、鬼道に用があり、教室まで行くと当たり前のようにが居る。
まあ、隣の席だから当たり前と言えば当たり前だが、そのおかげで俺たちは顔見知りになった。
俺たちを怖がるそぶりは全く見せず、他の誰とも同じように振る舞う姿に俺は好感をもった。
こいつは信じられる、と。
他の部員も、鬼道との話は浸透しており、マネージャーになってくれればいいのに、と声が上がるほどたっだ。
皆がそれもそうだと、誘ってみようかと話になった時、意外というか、それにただ一人だけ反対したのが鬼道だった。
「公私混同は、よくない。それにあいつはスポーツは嫌いだ。
体育の授業をずっとサボっているのを知っているだろう?」
確かにそうなのだ。
が走っていたり、何か運動をしているところは見たことがない。
それに体育の授業の件は、鬼道が自ら探しに行ってまで説得したのには応じなかった。
その出来事は鬼道との中をよく知る者たちには衝撃を与えた出来事であった。
鬼道の言葉に従わないなんて、全く想像できなかったからだ。
しかし事実、今もは体育の授業中どこかに姿をくらまし続けている。
「あいつが、自らの意思でスポーツに関わりたいと思うまで、
俺は待つべきだと思う」
考えてみれば、そもそも一日中、できる限り鬼道の傍に居て、彼女は鬼道のために尽力している。
鬼道のためにと言うなら、真っ先にマネージャーを買って出そうだが、そんなそぶりは全く見せない。
そこまで避けていると言うのならば、それに誘うというのは酷というものだ。
それ以来、をマネージャーに、という声はなくなった。
というか、みんな決めたのだ。
が自ら言ってくれるまで、待つと決めた。
そんな経緯があって、サッカー部員から信頼されているだが、
その原動力は言わずもがな鬼道であり、そのおかげで鬼道が居ないと力が出ないのか、
こうして生きる屍となっている。
・・・まったく、ため息をつきたいのこっちだっつーの。
たまたま通りかかっただけで面倒な事に巻き込まれた辺見は己のため息をなんとか堪えた。
そうしていると、不意に携帯のバイブ音が聞こえた。
どうやらの携帯らしく、のっそりとした態度で携帯をが開いた、途端。
「! き、鬼道さんからだ!」
パッと顔が明るくなり、ダルダルだったの背筋がぴんと伸びた。
すごい、鬼道。
もはや生きる屍と化していたを、たった一通のメールで復活させやがった。
「マジかよ!良かったな、」
「うん! ありがと辺見!」
「なんて書いてあるんだ?」
「えーっとね・・・」
源田に聞かれ、携帯を嬉しそうに見つめ、は内容を読み上げる。
「『悪いが、今日の分のノート、今度見せてくれないか。』・・・だって!」
わざわざ送ってこなくてもなら喜んで見せるだろうに。
風邪に倒れているはずの鬼道なのに、どこまでも真面目である。
「それそんなに喜ぶ事か!?つーか鬼道風邪引いてるのに随分余裕だな!」
「当たり前じゃん鬼道さんだもん!それにあの鬼道さんが私に頼ってくるとか早々ないよ!」
「確かにそうだが言ってて悲しくないか」
「辺見、今日の学食、楽しみにしておくといいよ」
「すみませんごめんなさいそれは勘弁してください」
は調理部に入ってから料理の腕が随分上がったそうだが、
その分まずくなる方法も心得てしまったのか、の食物兵器の威力はすさまじい。
その主な被害者は佐久間で、俺は未だにその威力を味わったことはないが、
毎回崩れ落ちる佐久間を見ているので、できる限り食物兵器は回避したい。
すかさず謝罪すると、見かねた源田が話題を変える。
「・・・とりあえず、鬼道に分かりやすいノートを取らないとな」
「・・・うん、教科担任よりも分かりやすく丁寧に解説付きでバッチリノート取るよ!」
「(むしろそれは俺が見せてほしいな)」
「(なぜか頭良いもんな)」
「というわけで予習に入るから邪魔しないでよね、散った散った!」
「あー、はいはい、」
「なに」
「鬼道、放課後なら見舞いに行ったら喜ぶと思うぞ」
「もちろん!りんご片手に馳せ参じるよ!」
「・・・ああ、がんばれよ」
さっきまでの屍はどこへ行ったのか、みなぎる闘志では教科書と睨めっこを始めた。
きっと今日の小テスト、奴は満点に違いない。
人の想い、というかの鬼道に対する想いってすげぇな、と再確認しながら、教室に戻った辺見は携帯を取り出す。
『FROM: 辺見 渡
TO:鬼道 有人
おかげでは何とかなった。
ありがとな。
ああ、それから、放課後お見舞いに行くって言ってたぞ。
よかったな。
鬼道、ゆっくり休んで早く学校に来いよ!』
メール送信完了、の文字を見て俺は携帯を鞄にしまった。
まったく、今日も朝からサッカー以外で騒がしかったなあ。
人知れず、調和を守る辺見の戦いはこれからも続く。
辺見の部内+1人の平穏を守るための心遣い・・・プライスレス。
辺見は本当に良いやつである。