いつも決まって体育の時間をサボっている。
俺は再三出るように伝えているのだが、いつも笑顔で流され、そして授業に顔を出す事はない。
最初こそ教師も探し回っていたのだが、一度も見つからない彼女に遂にさじを投げた。
男女で体育は分かれているが、彼女がいつも不在だという事は確認しなくても風の噂でいやでも届く。
隣の席として、どうにかしろという担任からの無理な相談に顔をしかめたものの結局うなずいてしまった。
普段ならこちらが気に留めていなくても向こうから寄ってくるから、探そうにもあいつが行きそうなところが思い当たらない。
チャイムと同時に姿を消したを探して廊下を歩くが、もう授業は始まってしまっている。
・・・ああ、もうあいつのせいだ。
半ば投げやりになりながら、サボリといえば屋上、という単純な考えで屋上のドアを開いた。
・・・まぁ、やはり居ないのだが。
ため息をつくと、もぞりと後ろで動く気配がした。
「あれ、鬼道さんどうしたんですか。サボりなんて珍しいですね」
「!?」
俺が今出てきた昇降口の平たい屋根の上におそらくねっころがるようにしてがこちらを見下ろしている。
・・・確かに、見つかりにくいだろうな、そこは。
「、授業に出ろ」
「嫌です」
「それじゃ俺が困る」
「私も困ってます」
「・・・出ればいいだろう」
「無理です。体育以外はちゃんと出てるからいいじゃないですか」
拗ねたのか、屋根の上に引っ込んだ。
今まで俺が言う事には素直についてきていたがこの反応、かなり嫌なのだという事が伝わってくるが、
それ以上は分からない。
もう一度声を掛けるが返事がないため、俺も屋根の上に上る事にした。
だらりと横になっているの目線の先にはグラウンド。
体育真っ最中の授業風景が良く見える。
それをぼんやりと見つめる。
いつもこうして、授業を見ているのだろうか。
「・・・何か理由でもあるのか?」
「・・・」
「話したくない事なのか?」
「・・・鬼道さんは、頭ごなしに怒らないんですね」
「・・・正直、最初は腹立たしかったが、お前は面倒くさいという理由だけでサボるような奴じゃないだろ」
「買いかぶりすぎですよ」
「面倒くさいことが嫌いなら、俺たちサッカー部に関わろうなんて思わないだろう」
そう、恐ろしい力を持つサッカー部は、学園みんなが遠巻きに扱っている。
人が吹きどんだり、校舎壊したり、噂ではなく、実際に彼らの試合の後は負けた学校は悲惨な状況になるのだ。
そうなって行く光景を、見たこともある。
それなのに、私はそのメンバーに積極的に関わっている。
友達だと思っている。
鬼道さんの事は大好きだし。
それで色々、たまに面倒ごとに巻き込まれたりするし、ああ、思えば私もずいぶん物好きだ。
「・・・鬼道さーん」
「なんだ、」
「誰にも言わないって約束できます?」
「俺が信用できないか?」
「んん、その言い方ずるいです!」
「悪い、・・・誰にも言わないと、約束しよう」
そういうと、寝そべっていた体を起こし、は俺に向き合った。
伸ばしたままの足、おもむろに紺のハイソックスをずり下げた。
何をしているんだ、と思う前に、目に飛び込んできたの左足は、今はそんなには目立たないが、
大きな切り傷が縦に入っていた。
古い傷なのだろうが、それが大きな怪我だったという事はいうまでもなく予想が付いた。
「交通事故でした」
「・・・」
「私も、スポーツが好きで、一生懸命してたんですけど、事故って選手に戻る事は難しいだろうって言われて」
ぽつりぽつりと話すは、もう塞がっている傷口に触れ、そっと撫でた。
どんな競技かは分からないが、どのスポーツでも足を故障するというのは著しく選手生命を危険にさらしてしまう。
俺たちのやっているサッカーなんか、足が動かなければどうしようもない。
言葉を選んで一生懸命話しているの言葉を、聞き逃さないようにしっかりと耳を傾ける。
「すごく悔しくて、諦められないから、今リハビリ中なんです。
普通に歩く事はできるんですけど、走るのは全然できなくて。
体育とか本当はしたくてもできないんです。
それに、故障してるわけでもないのに、本気で運動しない人たちのそばに居ると、
苦しいやら妬ましいやらで頭がぐるぐるになってどうしようもなくなるんです。
本気で走っても痛くないくせに、必死になってスポーツに取り組むわけでもないくせに
私ができない事をやすやすとできるくせに、本気でしたい私は何もできないんです。
悔しいです。悔しくて、悲しくて、潰れちゃいそうなんです。」
後半、泣きそうになったの声はところどころ上ずっていた。
「私は、こんなに、汚い考、えの自分が、大嫌いなん、です」
ぎゅっと手を握り、完全に泣き出してしまった彼女に、なぜか嬉しく思った。
いつものらりくらりと交わしている彼女の本音を垣間見た気がしたしたから。
滲む涙をそっとぬぐい、安心させるように抱きしめた。
「はぁー、泣いてしまいました」
「そうだな、もう4時間目も始まってしまったしな」
「うう、すみません。鬼道さんだけでも授業に行ったらどうですか」
「は出ないんだろう?」
「・・・この顔じゃ教室にいけません」
泣きはらしたは目も鼻も真っ赤で、少しでも早く腫れが引くように今はぬれタオルを目に当てている。
その濡れタオルを取り、どこかすっきりした感じの彼女は俺を見て笑った。
「鬼道さん、聞いてくれてありがとうございました」
「いや、俺こそ込み入った話を聞いて悪かった」
「そんな事ないですよ!吐き出してすっきりしました!」
笑う彼女は視線をグランドに向ける。
既に他のクラスがグランドを走っていて、個人差はあるものの、楽しそうに運動している。
きっとはこれから先も、足が治らない限り体育には出ないだろう。
そして、その事を今後俺が咎める事もないのだろう。
彼女がいったい何のスポーツが好きで、今までどんな事をしてきたのか、俺にはわからない。
聞いてみたいが、傷をえぐりそうで聞きづらい。
「鬼道さん、サッカー楽しいですか?」
「ん、ああ、楽しいが・・・」
「そうですか、じゃあ」
「もし、この足が治ったら、私鬼道さんとサッカーがしたいです」
「・・・俺でいいのか?」
「鬼道さんがいいです!」
あまりにきれいに笑うから、思わずうなずいた。
まあ、命令でもないし、を相手に過激なプレーをするわけでもない。
のサッカー歴は知らないが、たぶんきっと、それはただ単に楽しいサッカーなのだろう。
「ふふっ、嬉しいです。がんばって治さなきゃ」
四時間目終了のチャイムがなるなか、は立ち上がり、スカートをはたいた。
「鬼道さん、泣き言を言うのは、さっきのでたぶん最後です」
「・・・もう少し、頼ってくれてもいいんだぞ?」
「鬼道さんは優しいですねー、そんなこと言われちゃうとまた泣いちゃいますよ?」
「それくらい、構わない」
「男前ですねー惚れ直しちゃいます!」
教室に戻る途中、私たちは昼休みにもかかわらず担任に捕まってしまい、こっぴどくしかられる事になる。
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