遡ること一年前、私は帝国へ入学した。

病院の設備が整っていて、条件が良くて、雷門からそれほど離れていない場所と言ったらそういう事になった。

なんでも父の知り合いの先生で、腕が良いそうだ。

確かに歩くだけなら何の支障もないくらい私は回復しているのだが、

ちょっと走るとすぐ痛む足は、長期的にリハビリしないとよくならないらしい。

特に、選手として足を直したいならもっといろんな事に気をつけて直していかなければならないらしい。

面倒くさいが、こればっかりは面倒だからといって疎かにするわけにもいかないので、医者の言う事は聞く事にした。











初めて見た帝国学園は、外観からエリート臭が漂っていて、早くも雷門に帰りたくなった。

普通で良いのに普通で。

学び舎を近代化する理由が分からん。

まあ、サッカーをやるためだ。

仕方ないから我慢しよう。

、と書かれている書類を片手に教室を探す。

比較的近い場所にある雷門中と帝国学園。

帝国に居るのに雷門、という名字は悪目立ちするだろうからと言って上の人の配慮とか何とかで、

私は、という偽名を名乗ることになった。

なんだよって、誰だよ考えたの。

私は雷門なのに、何がそんなにいけないんだろうか。

ここに来て、何度目かのため息をついた。







話に聞いていた、恐ろしいサッカーをする帝国サッカー部。

それは事実らしく、サッカー部が使用するグランドへの立ち入りは部員以外は許可がなければ入れなかったり、

色々とサッカー部ルールと言うものが入学式の段階で説明されて苦笑いするしかなかった。

そのせいというか、自業自得というか、サッカー部員と言うのはここでは浮いた存在らしく、

コンビニの前でたむろっている不良より畏怖の目線で見られている。

まあ確かに怖いという属性では間違っていないけど。

怪我をしてリハビリしている私からしたら、学校破壊とか、選手に怪我をさせるなんてとんでもない!という思いが強く、

サッカーは好きだけど、関わらないでおこうと思った。

将来的に多分雷門に戻るだろうし。



やる気なく廊下を歩いていると、ふと、自分がさっきまで目印にしていた同じクラスの一番背の高い生徒がいつの間にか居ない。

入学式が終わり、それぞれがクラスに帰るため、廊下はごった返している。

どこに行きやがったあの野郎。

顔を覚える事が苦手な私はやつの後頭部(前の席で黒板見にくくで睨みつけていた)くらいしか覚えてないんだが。

あれ、私何組だっけ、A、B、C?どれだっけ。

Fではなかったと思うけど、やべぇ覚えてないにも程があるだろ私。

何とか思い出そうとするが記憶にないな、なぜだ。

たぶん今の環境が不満だらけでやる気の欠片もないからだろう。しかし困ったな。

ぐるぐる考えながら人の流れに流されて進んでいると、ふいに腕を掴まれた。

完全に考え込んでいたためギョッとして振り返ると腕をつかんでいる人が室内にも関わらずゴーグルを装着していて更にギョッとした。

しかも制服の上にマントってどういうことだ、それ校則違反じゃないのか。

ギョッとするところが多くて思考が追いつかない。



「ええっと・・・?」



「おまえ、クラスはそっちじゃないだろう。こっちだ」



「え、ああそうだったっけ。なんかまだ慣れなくって」



誰だこいつ、私を知っているようだ。

でもクラスに連れて行ってもらえるならラッキーか。



「まあ、確かに広いからな。今度から気をつけろよ」



「ああ、うん。ありがとう。えっと、」



結局クラスまでずっとその人に付いて歩いた。

スタスタ先に行きそうなのに、案外歩調はゆっくりで、目の前で揺れる真っ赤なマントは見失う余地もなく教室に辿り着いた。

おお、なんか見た事ある風景!

私の鞄もちゃんとある!

なになに、私はA組なのか、もう絶対忘れない。



「俺は鬼道有人」



「あ、私は。よろしくね」



「ああ、よろしくな」



そう言って鬼道有人は私の隣の席に座った。

おいおいまさかの隣の席かよ、なぜこの存在感を見逃した私。

ノッポのせいか、いや、でもこれはさすがに視界に入るだろう私。



は部活に入るか決めたか?」



「特には、でも運動苦手だから、文化系にしようかなって思ってる」



正確にいえば、運動は得意だった。

でも体育に出れるかどうかのレベルの人間が運動部に入れるわけもない。

しかしこの学校は文武両道とかの精神で部活加入は義務付けられている。

まったく、めんどくさいな。



「鬼道君はどこか決めた?」



「ああ、俺はサッカー部に入る」



ちょっと、関わらないって決めてたのになんなのこれ!

よりによって助けていただいてその上隣の席の人がサッカー部か!

関わらない方が無理だ、と言うかもう関わってしまったからどっちにしろ無理か。

沈黙してしまった私に鬼道君は何を思ったのか口を噤んでしまった。



「・・・すまない。あまりサッカー部は評判が良くないしな、お前の迷惑を考えずに」



「いやいやいや、迷惑じゃないよ、むしろ助かったよ! 教室分からなかったし!

それに、サッカー部とか言われても私引っ越してきたばっかだからいまいち分かんないし!」



「・・・そうだったのか、荷物はもう片付いてるのか?」



「うん、それはだいぶ片付いてる。でもまだ街の事はよくわかんなくて迷っちゃうんだよね」



「・・・・そうか」



今まで車移動が多かったから、道を覚える習慣がなかったんだよね。

ごめんね今の発言ちょっとイラッとするね、でも考えて、私これでも夏美の妹なんだよ。

それでとりあえず納得してください。

この学校に来るまでも軽く迷ったからね。

当時唯一覚えてたのってチームに行くまでの道のりくらいだし。

今は一人で自立するために一人暮らしを許可してもらっているけど、隣の部屋に父の知り合いが住んでいて、

様子を確認してくれるという条件付きでの一人暮らしだ。

それにしても父は顔が広すぎないだろうか、まあ良い事だろうから別にいいか。



「じゃあ、今日は式だけですぐに終わるから、その後にでも街を案内してやろうか?」



「え、いいの?」



「もちろん、の都合がよければだが」



「全然いいよ、むしろ暇だよ」



「そうか、じゃあ放課後な」



鬼道君がそう言った時、教室の前の方のドアが開き、このクラスの担任らしき人が入ってきてHRが始まる。

私は鬼道君から視線を外し、目の前に立ちはだかる巨体の背中を見つめて沈黙した。

私は先生に申し出て黒板が見づらいからと言って席を変えてもらうつもりでいた。

しかしどうだろう。

確かに黒板は見づらいが、しかも鬼道君はサッカー部になってしまうらしいのだが、

この席を手放すのがとても惜しく思えてきてしまった。

サッカー部には関わらないとか決めていたのに帰りに案内までしてもらう事になってしまったし。

惚れてまうやろ、これは。

怖くて恐ろしくて野蛮なサッカー部。

鬼道君・・・いや、鬼道さんを見ると、そんなものは無縁に感じてしまう。



それに、私が「雷門」でなくても、親切にしてくれる人がいるんだ。



そう思うと不思議と満ち足りた。

確信して言えるわけではないが、私、帝国に来てよかったかもしれない。



サッカー部に関わらないと決めた初日、早くも私は鬼道有人に陥落した。






ごめん夏美、私この状況が今とても楽しくて仕方がないよ!




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100516



最初はため口だけどその日のうちに敬語に転身。