いつもどおりの朝を向かえ、いつも通り家の前に迎えに来てくれている鬼道さんと合流して学校へ向かう。

登校中の会話はいつも他愛のないことだが、

晴れ渡る晴天の下、本日はちょっとだけ内容が違う。



「そうだ、。今夜暇か?」



「今夜ですか?はい、暇ですよ」



「だったら、近くの神社で七夕祭りがあるんだが、一緒に行かないか?」



「えっ」



そう、今日は7月7日。

知ってはいた。

なんせ商店街にはちょっと前から笹が飾られ、願いを込められた短冊がたくさんひらひらと揺れてた。

おそらく祭りといっても町内などの小規模のものなのだろうが、私から誘うならともかく、

まさか鬼道さんからそういったところに誘われるとは思ってもいなかったので言葉が詰まった。

言葉が詰まったついでに心臓が爆発しそうである。

今お茶を飲んでいたのなら、確実に噴出していただろう。危なかった。

黙ってしまった私に、何を勘違いしたのか鬼道さんは眉を下げてしまった。



「・・・迷惑だったか?」



「ち、違います!私、槍が降っても絶対行きますから!」



「・・・槍が降ったら中止になってしまうぞ?」



そう言ってはにかんだように笑う鬼道さんを見ただけで、今日の私はとても幸せだと思った。















「菊ちゃん!」



学校について、とりあえず私はものすごい勢いで隣のクラスの菊ちゃんこと、調理部部長の元へ駆け寄った。

菊ちゃんはすっごく美人で、この帝国学園において女帝と呼ばれるほどなんか色々とすごい人である。

そんな頼もしい部長に、必死の形相で私は詰め寄る。



「おはよう。どうしたの、由紀」



「おはよう!えっとね、浴衣貸して!」



「浴衣?ああ、お祭り今日だったわね」



クラスの前に貼ってあるカレンダーを見ながら合点が言ったのか、菊ちゃんはうなずいた。

実家に帰ればなくもないが、随分と昔に買ったものでサイズが合わないし、帰っている時間もない。

しかし、商店街に買いに行っても、この時期可愛いものが残っているのか微妙なところである。

その点、菊ちゃんは親が世界的に有名なデザイナーで、菊ちゃん自身も色々服飾をしている。

ちょっと前に見せてもらった浴衣コレクションなんか、まだまだ記憶に新しい。



「確かに、今から買いに行っても好きなものがあるか微妙ね。

私のでよかったら好きなのを持って行っていいわ」



「ついでに見立ててくれると嬉しい!」



「あらあら、もしかしてデート?ふふ、いいわよ。バッチリ着飾ってあげるわ」



「・・・菊ちゃんありがとう!大好き!」



お礼を行って立ち去る私に最後まできれいな笑顔を浮かべて菊ちゃんは見送ってくれた。

いいなあ、あんなふうに大人っぽく笑えたら、鬼道さんもちょっとはドキッとするのかな。

私はいつもドキドキさせられてばかりだ。

そんな事を思いながら、今日も変わらず鬼道さんの隣の席に着席した。



「・・・由紀、ずいぶん楽しそうだったわね。辺見君、何かご存知かしら?」



「・・・あー、鬼道に祭りに誘われたんじゃねーか?でもあれは・・・」



実はさっきからずっと居たのだが、今まで空気だった隣の席の辺見君に話題を振ってみる。

由紀があんなに舞い上がっているのは鬼道君絡みだという事は言われるまでもないが、

由紀が嬉しそうに話す中、微妙な表情をしている辺見君が視界に入った。

総じて苦労の耐えない辺見君は、事のあらましを私に説明してくれた。

全てを聞き終えてから、私は額に手を当てた。

・・・確かに、それは微妙な顔になるしかないわね。

あれだけ喜ぶ由紀を見てしまうと、なおさらそう思う。

せめて鬼道君が見とれてしまうくらいきれいに着飾ってやる事が、その時私にできるせめてもの事だった。





はりきって綺麗に着飾ってくれた菊ちゃんにお礼を言いながら、私は菊ちゃんの家を後にした。

着付けできるってすごいなあ。

白地に桃色の鮮やかな牡丹の花が咲いていて、帯は上品な紅色。

全体的にピンクが多いけど、あまり子供っぽくない感じのデザインがとても気に入っている。

飾り紐や帯留め、髪飾りまで借りて完璧にめかしこんだ私はルンルンで集合場所へ向かう。

・・・鬼道さん、ほめてくれるかなあ。

自然と口角が上がる中、集合場所に到着した時、私のテンションは地に落ちた。





「・・・、いつまで拗ねてるんだよ」



「・・・拗ねてねーよ、妄想甚だしいな」



「機嫌悪!ほら、たい焼きやるから機嫌直せ」



「たい焼きごときに釣られるほど、私安くないの」



「・・・誰の影響だ」



「・・・菊ちゃん。やっぱりたい焼き一匹よこせ」



辺見の手からたい焼きを奪いながら、頭からたい焼きにかじりつく。

口の中に広がるあんこの甘みと焼き加減が絶妙ではあるが、何となくむなしさを感じる。

もう何となくお気づきかもしれないが、集合場所には、全員居た。

サッカー部、全員居た。

大事なことなので二回言った。

しかも肝心の鬼道さんは何か用事があるらしくちょっと遅れてくるそうで、まだ姿が見えない。

各々浴衣を着てきてはいるが、鬼道さん以外の男の浴衣に興味はない。

女の子同士だったら柄が可愛いとか、その小物可愛いとか、色々あるのだけれど、

特に今、テンションがだだっ下がりしている私にはお世辞なんて言っている余裕はなかった。



「(・・・デートだって、一人で舞い上がって、私馬鹿みたい)」



今日は七夕。

離れ離れの織姫と彦星が唯一会えるロマンチックな日のはずなのに、そんな雰囲気欠片もない。

空は晴れているが、私の心の中の天の川は大雨洪水中だ。

・・・せめて、時間が早く過ぎて行くことを願う。





源田が佐久間にパシられて買ってきた焼きそばを更に横取りして食べながら待っていると、

神社の手前で止まった車から鬼道さんが降りてきた。

うすい灰色の上品な浴衣が本当によく似合うと思う。

ゴーグルはそのままだが、流石にマントは付けて居なかった。

待ちに待った人物の登場にようやく私の心は浮上したが、

ちょっとだけ、二人きりでないことへの残念な気持ちが抜けきれなかった私は、

皆のちょっと後ろから、ぼんやりと鬼道さんを見つめていた。

やがて話がまとまったのか、皆でぞろぞろと神社の中へ入って行く。

色とりどりの屋台や、溢れ返る人ゴミと喧騒がその場のにぎわいを伝えてくるが、

私の心はちっとも楽しいなんて思えなかった。

そうして、あんまりにもぼんやりしていたので、気が付くと誰も居なかった。

・・・はぐれちゃったなあ、どうしよう。

まあ、あれだけ人数が居るなら、神社から出ない限り、きっと誰かに出会うだろう。

声を張り上げてまで探す気分でもない私は、フラフラと人ゴミに流されるまま、

しばらく一人で祭りを見て回る事にした。





カランコロンカランコロン。

実際人が多すぎて、下駄の音はいろんな場所から聞こえてくるから、

自分の下駄の音だけきれいに聞こえてこない。

二人きりなんて、勝手に思い込んでいたのは私で、勝手に拗ねているのだが、皆からしたらいい迷惑だろうと思う。

ただでさえ、男同士で祭りに行く中に捻じ込んでいるというのに、

更に気をつかわすとか・・・私ダメダメだなあ。

しばらく頭を冷やしたおかげで、だいぶ冷静に考えられるようになった。

ちょっとした事すべてを受け流して行けるほど、まだ私は大人ではない。

でも、いくら虫の居所が悪いとはいえ、嫌な態度だった。

・・・・合流したら、謝ろう。

当てもなくフラフラと目標を見失い、ただただ人の流れに流される。

ああ、そう言えば前にこんな事なかっただろうか。

あの時も、今日みたいに後ろをついて行ってたのに、気が付いたらその姿を見失って、

どこに行けばいいのか分からず、フラフラしていた。

あの時、不満だらけで不機嫌な私の手を掴んだのは他でもない、



「っ!」



!」



「・・・き、どう、さん」



はあ、っと息を吐く鬼道さん。

この人ゴミの中、走って探してくれたのだろうか、多少息が切れている。

力強く掴まれている腕が、やけに熱く感じる。

たぶん、今が夏だから、と言う理由だけではないのだろう。

その姿に一気に申し訳なくなり、自然と口を出たのは謝罪の言葉だった。



「すみません、私、ボーっとしてて!」



「・・・・」



「本当に、ごめんなさい・・・あの、」



「・・・



名前を呼ばれ、口を止めると鬼道さんは私の手を引いて道の端まで移動した。

端の方では休んでいる人が多く、先ほどまでのごった返した感じが多少軽減される。

鬼道さんが二人で座れそうなところを探して、二人で座った。

思ったよりも疲れていたみたいで、気が付けば足がパンパンだ。



「・・・ここは、こんなにもごった返すんだな」



「・・・そうですね」



「おかげで俺も、他の奴らとはぐれてしまった」



「えっ、」



そうだ、そう言えばみんなどうしたんだろう。

どんなに周りを見ても他のサッカー部員はおらず、鬼道さんしかいない。



「もし、あいつらが怒っていたら、一緒に怒られるかもな」



「そんな!元々フラフラしていた私のせいですよ!」



「いや、俺も配慮が足らなかった。、足は大丈夫か?」



そう言って鬼道さんは私を気遣うように視線を落とした。

そんなに距離は歩いていないが、私の怪我をした足を心配してくれているのだろう。

確かに足はパンパンだが、それは疲労からくるもので、軋むような痛さはない。

一度確認するように足をさすり、鬼道さんに向き直る。



「・・・えっと、ちょっと疲れましたけど、少し休めば大丈夫です」



「そうか、ならもう少し休むか」



「はい」



返事をして、流れる沈黙に私はなんだか気まずくなった。

謝りはしたが、軽く流されてしまったし、あれは謝った事になるのだろうか。

望んでいた二人きりと言うやつになっているというのに、喧騒がやけに大きく聞こえる。

屋台から少し離れたこの場所は少しほの暗い。

屋台のきらびやかな光に比べて、自分がなんだかちっぽけでみじめな感じに思えてくる。

・・・鬼道さんは、どうして追いかけてきてくれたんだろう。

どうして私をお祭りに誘ったんだろう。

どうして私の心はこんなにも狭いのだろう。







「え、はい、なんですか」



鬼道さんの呼びかけに思考を中断したので、ついどもってしまった。

じんわりと握る拳に汗がにじむが気づかない振りをして鬼道さんの次の言葉を待つ。

一度開きかけた口は一度閉じてしまったが、それから一息吸って私に向き直った。



「祭りなんて、もうずいぶんと久しく来ていなかった」



「・・・そうなんですか?」



「ああ、ずっとサッカーや勉強に忙しかったからな」



だからここがこんなに込むとは思わなかった、そう言って苦笑する鬼道さんはどこか寂しそうだ。

鬼道家と言う家を、私は実際に鬼道さんに会うより前から知っていた。

というか、余ほど無関心な人以外、ほとんどの人はその名をどこかしらで聞いて知っているだろう。

それほど鬼道と言う名は有名だ。

いわゆる私もお嬢様と言うやつだが、確かにこう言ったどんな人が居るかもわかない密集地に

供もつけずにやってくるなんて夏美は絶対にしない。

ちなみに私は何回か目を盗んでは一人でフラフラしていた。

そして、その後すごく怒られた。

それは名前が有名だからこそ、付きまとう危険があるからなのだが、

多分鬼道さんもそう言う理由でこういった場所にはあまり来られなかったのだろう。

共感するところがあるのに、素直にうなずけない自分の正体にグッと拳を握った。

・・・どうしてこんなに努力をしている人が、苦しい思いばかりするのだろう。

わがままな気持ちでいっぱいの自分が恥ずかしくなる。

最近の私はなんかおかしい。

笑ったり泣いたり怒ったり嫉妬したり、すべての感情が鬼道さんを震源としている。

鬼道さんを知らなかった時期があったなんて嘘のようだ。

それほどまでに鬼道有人という存在は私に浸透している。

ふいに思い出したかのように話を切り上げ、鬼道さんが口を開く。







「はい、なんですか」



首を傾げて聞くと、目線をそらされた。

それに少なからずショックを受けていると、少し目線をそらせたまま、ボソリとした声が聞こえてきた。



「・・・浴衣、似合っている。・・・すごく、綺麗だと思う」



決して大きな音量ではなかったが、確かに聞こえてきた音。

その零れ出た音を理解するのにすごく時間がかかったが、

理解してしまったら最後、今度は体温が急上昇した。

暗がりではあるものの、今、絶対顔赤いのバレるんじゃないだろうかと思うくらい顔が熱い。



「あ、あ、あああ、りがとうございますっ・・・!」



必死に声が上ずらないようにして出てきたのは一言。

わああああ、もう私、もっと余裕のある女になりたい!

鬼道さんもうちょっと手加減してくれませんか!

心の準備が間に合わないです!



「それから、今回はサッカー部との先約があったが、次の機会は二人で行こう」



「次、ですか!?」



「ああ、その方がゆっくり回れるだろう?」



私を追いかけてきてくれた理由?

私をお祭りに誘った理由?

そんなものは、もうどうでもいいよ。

お祭りじゃなくたって、特別な行事がなくたって、

たとえ天の川が大洪水でも、今は鬼道さんとずっと一緒に居られる。

そしてほんのちょっとだけでも私を気に掛けてくれるなら、もうそれでいいじゃないか。

一緒に居られる、それのどこに不満があるというの?



「・・・はい!次は花火でも見に行きましょう!」



鬼道さんの肯定の返事を貰い、私は嬉しくなって思わずガッツポーズをとった。

今思い返せば乙女としていかがな行動かと思うが、浴衣マジックでどうにかごまかせないかな、無理だな。

でもやっぱり、今日の私はとても幸せだなっと改めて思った。








おまけ



「・・・辺見先輩ー、いつまでだるまさん転んだ続けるんっすかー?」



「そうだな、・・・あと3回くらいで終わりにするか」



「ええー! まだやるんっすか! いい加減お祭り終わっちゃいますよ!」



「良いから文句言うな! 特に成神は離脱は絶対認めないからな!」



辺見による「だるまさん転んだdeみんなを足止め作戦!〜鬼道、はやくの機嫌を直してこい〜」は

かれこれ開始から30分は経過していた。




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100710



7日に間に合ってない?あまいな、私の地方で七夕祭りと言えば8月7日だ!
むしろフライングなんだからね!
間に合ってないなんてそんな事ないんだからね!←

なんとなくオリジナルキャラの菊ちゃんこと調理部の部長が出てきましたが、
オリジナルキャラが苦手な方はすみません。
割合大事なポジションに居るので、ちょいちょいこれからも出てくると思います。